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古の鍵盤楽器 クラヴィシテリウム

フランスもようやく長いヴァカンスが終わり、徐々にいつもの生活に戻る時期です。
9月10月は新学期開始で受験があったり登録があったりと、学生たちにとってはバタバタする季節。
私は今年度はヴァカンス前に身の振り方が決定しているので、登録関係の書類集め以外は割と穏やかに済みそうです。

すっかり久しぶりのブログ更新になりますが、今日は私の最高の相棒、クラヴィシテリウムについて書こうと思います。
日本ではクラヴィチテリウムとも呼ばれているようですが、フランス語の綴りはLe clavicythérium。

一般的にとてもマイナーな撥弦型鍵盤楽器で、中世後期からルネサンス期の作品などで使われます。
原理は一般のチェンバロと同じですが、唯一大きな違いは弦を張る方向。
チェンバロがグランドピアノのように横に弦を張っているところ、クラヴィシテリウムは共鳴箱が縦になっており、弦が垂直に張られています。

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この楽器の歴史は古く、15世紀ごろにはすでに存在しており、当時の楽器も残っています。18世紀ごろまでに、徐々に大型化し美しい装飾が施されるようになりました。
私の使っている楽器はルネサンスのモデルをもとに現代のクラヴサン製作者がオリジナルで設計したいわば新機種。
弦は金属弦を使っていますが、物理的にはガット弦を張ることもできます。

楽器を作ったのはこちらのマルティヌ・アルジェリのアトリエ。
モンペリエのクラヴサン工房

こちらの工房は豪華なバロックのクラヴサン製作で有名な南仏モンペリエの工房ですが、最近はエピネットやクラヴィコードなども作っています。クラヴィシテリウムは最近作るようになったらしいのですが、素晴らしく良く鳴り、見た目にも美しい良質な楽器です。

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私の楽器は音域C3からC5までの2オクターヴの小型モデル、膝に乗せて片手で支えながら演奏できるサイズ。
バロックの通奏低音をやるにはかなり音域不足ですが、私は中世ルネサンスの作品がメインのレパートリーなので、このクラヴィシテリウムはまさにベストパートナーです。この2オクターヴがあれば、デュファイあたりの3声作品は2声をクラヴィシテリウムで弾いて1声歌うこともできます。
2オクターブだと、調律も割とすぐ終わるので、メゾトニックやピタゴラス、あるいは平均律など、演奏する曲に合わせて音律をしょっちゅう変える私には都合が良いというのもあります。
弦は金属弦で、垂直に立つ共鳴ケースが客席に直接音を放射するような恰好になり、モダン楽器のアンサンブルで演奏してもソロをはれる音量が出ます。先日、この楽器のための新曲初演をやりましたが、ピアノ2台、サックス2本、フルート2本、ギター(アコギ&エレギ)2本に弦3重奏etcといった凄い編成でも、音響操作0でばっちりソロがこなせたぐらい。
これはクラヴィシテリウムの性能、というよりは、大部分が私のもっている楽器を作った工房のお手柄だと思います。
とにかくオールマイティーにどんな曲でもこなせ、信じられないほど良く鳴る美しい相棒です。

ちなみに、私の楽器についてたまにガット弦ではないことを指摘する方がいますが、金属弦もルーツは古いですし、何より鳴りが良いので私は今のところガットに張り替える気はまったくありません。
そもそも私の楽器は復刻モデルではないですし、私が古楽を専門にしているのは当時の演奏を“まねる”ためではなく、むしろ古い記譜法を読み解く中で新しいものを作るため。特に演奏に関しては発声法なども数百年の間に変化し、どんなに頑張っても当時と同じ演奏はできないので、割り切って新しい体験を探求する方向に向かうほうが生産的だと考えています。まさにこのクラヴィシテリウムのように、今は失われた文化を再発見しつつも、現代の私たちにしかできない新しい音作りに向かう姿勢が、古楽演奏には大事なのではと思うのです。

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さて、この楽器の演奏法そのものは、クラヴサンと変わらないのですが、弾いてる印象としては通常のクラヴサンよりもキーの抵抗感がやや強く、撥弦の瞬間がかなり指にビビッドに伝わります。後ろに使うバネの変更などでこの辺は微調整ができるところですが、垂直に張った弦をはじくため、通常より機械部分が複雑で、その分演奏時にでる抵抗や、機械部分の雑音もやや大きいかも(クラヴィコードなどもカタカタいう音が結構気になるので、それと比べればまだマシかも)。
でもこの少し硬いタッチとメカニカルな部分が現代のピアノに似ているところもあって、もともとピアニストの私には非常に好都合です。なんとなくですが、タッチの微妙な差にクラヴサンよりクラヴィシテリウムのほうが敏感かつ大げさに反応してくれる気がします。

ちなみにこれが弦をはじく部分。垂直な弦に対して直角に、ピックが並びます。
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通常のチェンバロ同様、調弦は自分で行います。
ピアノと違って調律師さんに頼んでいては破産するほど、頻繁に調弦が狂いますので、毎日、場合によっては日に数回調弦しなければならないことも稀ではありません。

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クラヴィシテリウムの調弦は鍵盤のすぐ上にあるこのニョキニョキに、それ用の調弦の鍵を付けて回して行います。
私はピアノは調律したことがないですが、コントラバスを演奏していたことがあるのでなんとなくその調弦に近い感じ。

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位置的に鍵を刺すスペースが狭いのでT字型の鍵は使えず、鶴の首型の鍵で調弦します。恐らく一般のチェンバロを調弦するのに慣れてる人には、ちょっとやりずらいと感じるはず。狭いので、ハンマーを回す手の位置が色々困るのですが、慣れればすぐです。何度やっても、コントラバスの調弦を思い出すのは、方向が同じく垂直だからでしょうか。。。

最近は中世ものがメインなので調弦はいつもピタゴラス音律に合わせています。
このところメゾトニックはめったに使わなくなってしまいましたが、現代作品用に平均律はたまに使います。
一昨年はずっとメゾトニックだったのが、昨年からピタゴラスメインになった私。ピタゴラスから平均律の移動は割と楽なのですが、メゾトニックだけは耳がなれるのに少し時間を要するようになりました。
いつも一緒に演奏しているリューティストはメゾトニックになれているので、逆にピタゴラスや平均律で演奏するのがとても難しいそう。
楽器の音も、調律を何にするかでかなり変わります。
平均律にしたときの私のクラヴィシテリウムは、他の音律で調弦してる時よりやや鳴りが弱くなるように感じます。
ピタゴラスはそういう意味でもよく鳴るので今のところ一番のお気に入り。

そう、よく鳴る、というのが、意外と大事だと思います。


中世の音楽は、今から見ると古すぎて演奏習慣も、読譜法すら、怪しいものが沢山あります。
中世の音楽をやっている古楽奏者と、ルネサンスをメインにしている古楽奏者を比べると、中世ものをメインにしている人たちは、ある意味で諦めながら音楽をやるしかないことが多いと思います。
ルネサンスのリュートは、まだ、微妙に現代まで伝統が残っています。
中世も古いものになれば、楽器すら謎。
できる限り文献等研究して当時の演奏習慣など調べますが、どこかで、それは完璧ではないことを受け入れて、それでもあえてその音楽を演奏する意味を自分たちで考えなければならないのが中世だと思います。
私や、私が接してきた周囲の中世専門の演奏家たちは、みんな、何よりも美しい音楽を生み出すことを優先しています。
多少のアナクロニスムはどんと受け入れて、その先に進む根性がないと、たぶんやっていけないのでしょう。
美しい楽器や声の響きをとことん追求することや、よく鳴らせることは、私たちにとってはとても大事です。

失われた中世音楽をわざわざやっていることを、聴いている人に問われるようでは、この業界で生き抜いてはいけないのだと思います。聴いた人全てが、はっとして「なんて美しいんだろう!」と口をつぐむぐらいの演奏をしないといけない。わざわざ時間とお金をかけて中世音楽を研究し演奏するのは、なぜなのかと疑われるようでは、失業です!
どんな対価もいとわない、と言わせるような極上の音楽を奏でることが、私たち音楽家の仕事なのだと思います。
そんな仕事の相棒に、このクラヴィシテリウムはまさにぴったりの相手です。
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Profil

辻絢子  (Ayako TSUJI)

Author:辻絢子 (Ayako TSUJI)
フランス在住のソプラノ・ピアニスト・クラヴィシテリウム奏者・音楽学者。パリ・ソルボンヌ大学中世音楽演奏マスター在籍。パリEnsemble Arquémie主催。
中世から現代に至る幅広い時代様式の演奏法と音楽理論を操る歌手、講師として国際的に活躍中。
15世紀以前の作品、とくにアルス・シュブティリオル様式の作品演奏と、13世紀ノートルダム楽派様式の即興演奏を得意とする。
古楽だけではなく現代作品にも関心が高く、日本で大学生&院生だったころは美学芸術学を専攻し音楽に限らずアートや映画、文学など幅広い分野を対象に20世紀以降の作品を研究。
パリでの演奏活動の他、2016年より「中世音楽センター」を立ち上げ、ヨーロッパの現役中世音楽専門家、演奏家と日本の生徒をつなぐ講習会やコンサートを企画している。

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