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声のスペクトル分析

古楽にしろそれ以外にしろ、歌をやっている限り自らの発声を磨くのは商売道具のメンテナンスみたいなもので必須かつ店じまいまで続けねばならない基本の仕事の一つ。
声楽は他の器楽と比べて発音源が身体の中ですから、どんなプロでも第三者の耳で楽器の鳴り具合などチェックしてもらう必要がある事も多々あります。もちろん私たち歌手は自分の声を客観的に聴くための訓練もしますが、「え!私の声ってこんな風に聴こえてるの?!」という皆さんも経験があるに違いないあのギャップはそう簡単に超えられるものではなく、プロでも常にそれを抱えています。
ナタリー・デゥセ(デセイ)やフィリップ・ジャルスキなどの有名な歌手達は既に素晴らしい発声技術を持っていますが、そんな彼らだっていつも優秀なヴォーカルコーチに発声レッスンを受け続けています。

どんな発声が理想の声か、というのは個人個人見解が分かれるでしょうし、実際日本とフランスでは求められる声質が違うことが多い気がします。フランス人の理想は上から下まで豊かな倍音をもった声で、よく磨かれた歌声はまさに楽器の楽音のような美しい倍音構造をもっています。
古楽を歌う場合は、アンサンブルの相手が古楽器であることが多く、これらのデリケートな楽器の音と美しく混ざり合う声が求められるので、音量はそれほど必要ないながら、楽器の音によく混じるような豊かな倍音をもった声質を探す必要があります。

私自身はジャスマン先生という最高の熟練ヴォーカルコーチについていますし、普段の練習ではピアノ伴奏の他はクラヴィシテリウムを伴奏に使ったり、リコーダーカルテットやヴィオラダガンバとのアンサンブルを組むことが多いので、そうした楽器類との音の調和を身体で覚えていきます。

でも、実際自分の声の倍音構造が目で見れたら便利。
体感で「今の声は上の倍音がひらききってなかったかな?」とか「この歌い方でいいのかな?」と疑問に思っても、忙しいジャスマン先生が毎回そばにいるわけではないし、かといってプロとして歌っている身ですから勘だけで進むことも出きません。単なる趣味なら次のレッスンまで待って先生に聞けるけど、私はそれでは遅い!ということが良くあります。もし声を目で見てチェックできたら、とりあえず自分で判断してより良い発声を選べますよね。

Oxford Wave Research Ltd.「SpectrumView」
https://appsto.re/jp/koelC.i

といわけで、iPhoneに、音を拾ってスペクトル分析をリアルタイムで表示してくれるアプリがありました。

もちろんiPhoneのマイクを使っての分析ですから限りもありますが、それでもかなり興味深い分析結果が見れ、私の予測通りに「間違った発声」で歌った声はその通り反映され、また「良い発声」も微細なコントロールで数種類の異なる発声法があることをきちんと反映してくれました。
このアプリは使えます。

私は常々音楽の勉強に、感情論や根性重視な体育会系の姿勢は無意味だと思っていましたので、使える技術はなんでも使って短時間で効率良く勉強するが勝ちです。iPhoneアプリが使えるならバンバン使うべき!


ひとまず幾つか写真をはります。
こちらは私の普段の発声、真ん中のドよる下のレを出発に最高音ドの一個上のレまで3オクターブを歌った図です。



一番下の線が私が歌ってる音高ですが、そこから上に幾重にも倍音の共鳴が出てるのが見えます。簡単に言うとこの倍音の配合が音色を決めている重要な要素で、人の声の場合、声帯で生まれた空気振動が咽喉、鼻やら顔やらといったあちこちの部分を通って共鳴を作り音色になって外にでているそう。楽器なら楽器特有の倍音構造があり、声の場合は個々人で身体が違いますからこれが一人一人で微妙に違ってきます。

私の場合、何も考えずデフォルト設定で歌うと(笑)先の写真のような形で、最低音を歌っている間は倍音が減りますが、中音域以降は4000hz手前あたりに"良く共鳴する"箇所があり、その上の7000hzあたりにも鳴っている箇所があるようですね。アプリで測れる音域は写真に写っている部分までなので、おそらくその上も調べることができたら更に上にもこうした倍音の帯があるでしょう。

他の歌手の方とリアルに比べていないのではっきりとは言えませんが、私の声は倍音がかなり豊かな方だと思います。実はこの倍音のおかげで、共鳴を操ってホーミーを出すことも出来たりします。


さて、基本の発声で豊かな倍音がでているのはわかりましたが、問題はこれをどう操るかです。
倍音を変えるのに、顔の筋肉や声のあてどころ、発音の位置などはとても重要な要素ですが(とくに発音の位置)、実はそれ以上に大きく響きを変えるのが腹筋など身体のどこで声を支えているのかでした。



この写真では左から順に4つの微妙に異なる筋肉で声を支えたときの発声の違いが示されています。すべて私が同じ音高でAの母音を歌っているところで音量もそれほど大きくは差がないよう歌ったものです。

一番左端はスピントというプッチーニなどのアリアを歌うときに私が使う最も強い身体の支えで声を支えています。これは強い肋骨周辺の筋肉で上半身を整え、下腹は所謂逆腹筋に近い腰から背中まで全体を広げるように張って発声を支える歌い方です。
私がもともと持っている共鳴の帯がよく強調されているのが見えますね。

左から二番目は私のデフォルト発声、下腹部の筋肉を使っているリラックスした発声です。スピントほど倍音の強調ははっきりでないものの、スピント発声で抑制されてた一部の倍音がきれいにでている他、高音の倍音も豊かに響いていそうな形です。肉体的にも体力消費はスピントよりずっと少なく、デフォルト設定としては悪くない発声でしょう。

三番目は腹筋上部の支えをメインに歌った図。倍音の帯がかなり均一に並んでいるのがわかるはずです。腹筋上部の支えは身体の緊張を招きやすい上、深いブレスとコネクトしずらいため長いフレーズを歌うには不向きですが、例えばチェンバロのように同じく倍音が均一に高い音まで並ぶ楽器とアンサンブルをする際にはこの発声だと声の混じりが格段に良くなるはずです。また、高い部分まできれいに倍音が出てるのでノンビブラートで歌えばまさに楽器の音のような声を作れるはず。コロラトゥーラのパッセージなどにはこの支えが最適かもしれません。

最後右端は、肋骨周辺の筋肉で支えた声です。これは身体の下側の意識をわざと切った状態になる上、肋骨周辺の筋肉は腹部と比べるとわずかなものですので(とはいえプロはこの筋肉をかなり鍛えてますからある程度支えられます)、歌える音量にもフレーズの長さにも限りがあります。声の質としては3番目に近く均一に倍音が並んでいますが、心持ちこちらの方が高い倍音が強調されているよう。4000hz手前の倍音の帯はやや薄められています。レッジェーロな表現や硬質で金属的な声の表現が欲しいときに使うと面白いでしょうが、ブレス面で難があるので使い道は限定されそうです。


これはあくまで私の声の場合の例ですから、他の方が仮に同じような筋肉の使い方をして同じような結果が出るとは限らないと思います。しかし声楽コーチとして生徒に教えてきた経験からも、歌声の決め手は顔など身体上部の技術以上に下腹部など声を支える胴体部分の筋肉の使い方の方だというのは、事実だと思います。

iPhoneのアプリで、これまでなんとなく体感で習得していた事が、とりあえず視覚的にも確認できるなんて、面白いですよね。
便利な時代に生まれたからには、いろんなツールを活用してますます芸に磨きをかけたいところです(^^)


オマケ


このアプリ、iTunesの音源も分析出来るのですが、いつも授業で一緒に歌うとやたらと声が混じり合ってしまう奇妙な体験をしていたラファエル・ピカゾス先生のソロ歌唱を分析にかけてみました。
先生とは中世即興その他でいつも一緒に歌っていますが、初日から歌った瞬間二人の声が妙にぴったり響き合うのでお互い嬉しいような気不味いような感じでした(笑)。
今回もしかしてと思い分析したところ!上の写真を持ていただくとわかる通り、彼の歌声も私と同じ4000hz手前と7000hzあたりに2箇所のはっきりとした帯があります。
もちろん録音からの分析なので実際の歌声と異なる部分もあるはずですが、それにしてもいつも教室で歌っていて「妙に合うな」と思っていたのは、勘違いでもなさそう。
さらにラファエル先生はもともとジャスマン門下ということで発声のコーチが私と同じなので、もしかしたらそれが原因かも?
他のジャスマン門下も調べてみたくなりました。
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Profil

辻絢子  (Ayako TSUJI)

Author:辻絢子 (Ayako TSUJI)
フランス在住のソプラノ・ピアニスト・クラヴィシテリウム奏者・音楽学者。パリ・ソルボンヌ大学中世音楽演奏マスター在籍。パリEnsemble Arquémie主催。
中世から現代に至る幅広い時代様式の演奏法と音楽理論を操る歌手、講師として国際的に活躍中。
15世紀以前の作品、とくにアルス・シュブティリオル様式の作品演奏と、13世紀ノートルダム楽派様式の即興演奏を得意とする。
古楽だけではなく現代作品にも関心が高く、日本で大学生&院生だったころは美学芸術学を専攻し音楽に限らずアートや映画、文学など幅広い分野を対象に20世紀以降の作品を研究。
パリでの演奏活動の他、2016年より「中世音楽センター」を立ち上げ、ヨーロッパの現役中世音楽専門家、演奏家と日本の生徒をつなぐ講習会やコンサートを企画している。

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