スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

古の鍵盤楽器 クラヴィシテリウム

フランスもようやく長いヴァカンスが終わり、徐々にいつもの生活に戻る時期です。
9月10月は新学期開始で受験があったり登録があったりと、学生たちにとってはバタバタする季節。
私は今年度はヴァカンス前に身の振り方が決定しているので、登録関係の書類集め以外は割と穏やかに済みそうです。

すっかり久しぶりのブログ更新になりますが、今日は私の最高の相棒、クラヴィシテリウムについて書こうと思います。
日本ではクラヴィチテリウムとも呼ばれているようですが、フランス語の綴りはLe clavicythérium。

一般的にとてもマイナーな撥弦型鍵盤楽器で、中世後期からルネサンス期の作品などで使われます。
原理は一般のチェンバロと同じですが、唯一大きな違いは弦を張る方向。
チェンバロがグランドピアノのように横に弦を張っているところ、クラヴィシテリウムは共鳴箱が縦になっており、弦が垂直に張られています。

1.jpg




この楽器の歴史は古く、15世紀ごろにはすでに存在しており、当時の楽器も残っています。18世紀ごろまでに、徐々に大型化し美しい装飾が施されるようになりました。
私の使っている楽器はルネサンスのモデルをもとに現代のクラヴサン製作者がオリジナルで設計したいわば新機種。
弦は金属弦を使っていますが、物理的にはガット弦を張ることもできます。

楽器を作ったのはこちらのマルティヌ・アルジェリのアトリエ。
モンペリエのクラヴサン工房

こちらの工房は豪華なバロックのクラヴサン製作で有名な南仏モンペリエの工房ですが、最近はエピネットやクラヴィコードなども作っています。クラヴィシテリウムは最近作るようになったらしいのですが、素晴らしく良く鳴り、見た目にも美しい良質な楽器です。

2.jpg


私の楽器は音域C3からC5までの2オクターヴの小型モデル、膝に乗せて片手で支えながら演奏できるサイズ。
バロックの通奏低音をやるにはかなり音域不足ですが、私は中世ルネサンスの作品がメインのレパートリーなので、このクラヴィシテリウムはまさにベストパートナーです。この2オクターヴがあれば、デュファイあたりの3声作品は2声をクラヴィシテリウムで弾いて1声歌うこともできます。
2オクターブだと、調律も割とすぐ終わるので、メゾトニックやピタゴラス、あるいは平均律など、演奏する曲に合わせて音律をしょっちゅう変える私には都合が良いというのもあります。
弦は金属弦で、垂直に立つ共鳴ケースが客席に直接音を放射するような恰好になり、モダン楽器のアンサンブルで演奏してもソロをはれる音量が出ます。先日、この楽器のための新曲初演をやりましたが、ピアノ2台、サックス2本、フルート2本、ギター(アコギ&エレギ)2本に弦3重奏etcといった凄い編成でも、音響操作0でばっちりソロがこなせたぐらい。
これはクラヴィシテリウムの性能、というよりは、大部分が私のもっている楽器を作った工房のお手柄だと思います。
とにかくオールマイティーにどんな曲でもこなせ、信じられないほど良く鳴る美しい相棒です。

ちなみに、私の楽器についてたまにガット弦ではないことを指摘する方がいますが、金属弦もルーツは古いですし、何より鳴りが良いので私は今のところガットに張り替える気はまったくありません。
そもそも私の楽器は復刻モデルではないですし、私が古楽を専門にしているのは当時の演奏を“まねる”ためではなく、むしろ古い記譜法を読み解く中で新しいものを作るため。特に演奏に関しては発声法なども数百年の間に変化し、どんなに頑張っても当時と同じ演奏はできないので、割り切って新しい体験を探求する方向に向かうほうが生産的だと考えています。まさにこのクラヴィシテリウムのように、今は失われた文化を再発見しつつも、現代の私たちにしかできない新しい音作りに向かう姿勢が、古楽演奏には大事なのではと思うのです。

4.jpg

さて、この楽器の演奏法そのものは、クラヴサンと変わらないのですが、弾いてる印象としては通常のクラヴサンよりもキーの抵抗感がやや強く、撥弦の瞬間がかなり指にビビッドに伝わります。後ろに使うバネの変更などでこの辺は微調整ができるところですが、垂直に張った弦をはじくため、通常より機械部分が複雑で、その分演奏時にでる抵抗や、機械部分の雑音もやや大きいかも(クラヴィコードなどもカタカタいう音が結構気になるので、それと比べればまだマシかも)。
でもこの少し硬いタッチとメカニカルな部分が現代のピアノに似ているところもあって、もともとピアニストの私には非常に好都合です。なんとなくですが、タッチの微妙な差にクラヴサンよりクラヴィシテリウムのほうが敏感かつ大げさに反応してくれる気がします。

ちなみにこれが弦をはじく部分。垂直な弦に対して直角に、ピックが並びます。
7.jpg


通常のチェンバロ同様、調弦は自分で行います。
ピアノと違って調律師さんに頼んでいては破産するほど、頻繁に調弦が狂いますので、毎日、場合によっては日に数回調弦しなければならないことも稀ではありません。

5.jpg


クラヴィシテリウムの調弦は鍵盤のすぐ上にあるこのニョキニョキに、それ用の調弦の鍵を付けて回して行います。
私はピアノは調律したことがないですが、コントラバスを演奏していたことがあるのでなんとなくその調弦に近い感じ。

6.jpg

位置的に鍵を刺すスペースが狭いのでT字型の鍵は使えず、鶴の首型の鍵で調弦します。恐らく一般のチェンバロを調弦するのに慣れてる人には、ちょっとやりずらいと感じるはず。狭いので、ハンマーを回す手の位置が色々困るのですが、慣れればすぐです。何度やっても、コントラバスの調弦を思い出すのは、方向が同じく垂直だからでしょうか。。。

最近は中世ものがメインなので調弦はいつもピタゴラス音律に合わせています。
このところメゾトニックはめったに使わなくなってしまいましたが、現代作品用に平均律はたまに使います。
一昨年はずっとメゾトニックだったのが、昨年からピタゴラスメインになった私。ピタゴラスから平均律の移動は割と楽なのですが、メゾトニックだけは耳がなれるのに少し時間を要するようになりました。
いつも一緒に演奏しているリューティストはメゾトニックになれているので、逆にピタゴラスや平均律で演奏するのがとても難しいそう。
楽器の音も、調律を何にするかでかなり変わります。
平均律にしたときの私のクラヴィシテリウムは、他の音律で調弦してる時よりやや鳴りが弱くなるように感じます。
ピタゴラスはそういう意味でもよく鳴るので今のところ一番のお気に入り。

そう、よく鳴る、というのが、意外と大事だと思います。


中世の音楽は、今から見ると古すぎて演奏習慣も、読譜法すら、怪しいものが沢山あります。
中世の音楽をやっている古楽奏者と、ルネサンスをメインにしている古楽奏者を比べると、中世ものをメインにしている人たちは、ある意味で諦めながら音楽をやるしかないことが多いと思います。
ルネサンスのリュートは、まだ、微妙に現代まで伝統が残っています。
中世も古いものになれば、楽器すら謎。
できる限り文献等研究して当時の演奏習慣など調べますが、どこかで、それは完璧ではないことを受け入れて、それでもあえてその音楽を演奏する意味を自分たちで考えなければならないのが中世だと思います。
私や、私が接してきた周囲の中世専門の演奏家たちは、みんな、何よりも美しい音楽を生み出すことを優先しています。
多少のアナクロニスムはどんと受け入れて、その先に進む根性がないと、たぶんやっていけないのでしょう。
美しい楽器や声の響きをとことん追求することや、よく鳴らせることは、私たちにとってはとても大事です。

失われた中世音楽をわざわざやっていることを、聴いている人に問われるようでは、この業界で生き抜いてはいけないのだと思います。聴いた人全てが、はっとして「なんて美しいんだろう!」と口をつぐむぐらいの演奏をしないといけない。わざわざ時間とお金をかけて中世音楽を研究し演奏するのは、なぜなのかと疑われるようでは、失業です!
どんな対価もいとわない、と言わせるような極上の音楽を奏でることが、私たち音楽家の仕事なのだと思います。
そんな仕事の相棒に、このクラヴィシテリウムはまさにぴったりの相手です。

ソルボンヌ大学中世音楽演奏マスター

ついに到来、ヴァカンス!待ちに待っておりました、この時期。
仕事をしなくて良い!なんて素敵!!

というわけで、試験シーズンを無事にのり切り、今年はさらに次年度(9月から始まる新学期)の身の振り方も早々に決まるという、かなり良い感じでのヴァカンス突入でございます。
中世音楽の研究でフランスの学位が欲しかった私、ソルボンヌ大学の修士に入ることにいたしました。

ソルボンヌの中世音楽課程

この課程はもともと、既に音楽家として活動中の人が中世音楽についての知識を証明する学位を取れるようにするというのが目的で作られていて、Master2という2年間の修士号コースです。教師陣は音楽学者だけでなく有名アンサンブルを率いる演奏家が集まっており、学問的側面だけでなく実践をかなり重視した学科。入試試験が6月にあります。

試験内容はプレ・セレクションが録音と書類審査(英語でも応募可能)。
私は実は願書締め切りぎりぎりに受験を決めたためものっすごい大急ぎで録音を用意したのですが、その時の録音がこちら。
ソルボンヌ用の録音
コンセルヴァトワールの生徒に手伝ってもらってリコーダー伴奏をしてもらいました。何しろ時間がなくて結構突貫工事。
デュファイの曲はリコーダーで私の歌うパートをダブってもらっているのですが、この時代の作品は基本ピタゴラス音律で取りつつ、コンテクストによって3度を純正で取る場所もあり、今回はそれら全部の細かな音程を事前打ち合わせできなかったのでちょっと響きが汚いところが何か所か。でもおおむね良いアンサンブルだったと思います。リコーダー奏者のうち1人は14歳のアントワーヌ君という少年で、彼は若いけど古い記譜法を習得していて私と同じく元の写本で演奏ができる逸材です。
ソルボンヌのプレ・セレクションはこうした録音の他、履歴書や研究計画などいくつか必要書類を出します。

書類審査が通ったら、次はオーディションがあり、実際に先生方の前で任意の演奏、それから四角記譜の初見と面接です。
四角記譜の初見は例年グレゴリオ聖歌が出されるらしく、今年もやや長めの一曲でした。ラテン語歌詞をつけて初見視唱。
面接も和やかに進み、合格確定。

この課程は、論文執筆と音楽学の授業がある他に、アンサンブル・ディアロゴスを率いるカタリナ先生(Katarina Livljanić)とアンサンブル・セクエンツィアを率いるバンジャマン先生(Benjamin Bagby)の中世作品演奏の授業、CNSMDの中世音楽教授ラファエル先生(Raphaël Picazos)の授業が必修です。
この課程でマスターを取得するとフランス国内ではどこの学問機関でも中世音楽の専門家として教鞭を取ることができるようになります。

中世音楽を専門にする音楽家はそもそも楽譜が一般的な形で出版されておらず記譜法も特殊で譜読みに知識が必要なので、音楽学者として作品のソースや周辺知識を探る手腕がなければ仕事になりません。かといって学者肌一辺倒でもだめで、コンサートで人の耳と心をつかむには演奏家としての確かな技術と豊かなファンタジーが必要です。ソルボンヌの中世音楽演奏マスターはその両方がバランスよく組まれているので、今から9月の新学期が楽しみです!

パリ中世音楽センター

9月が新学期のフランスでは、ヴァカンス前の6月は期末試験のシーズン。
日本と違い、入学よりも進級と卒業が難しいのがフランス、エスカレーター式に自動で学年が上がることはないので学生は全員厳しい試験をクリアしなければ次に進めず、この時期はクラスの中でも殺伐としたピリピリモード。特にコンセルヴァトワールは学生同士の間で順位が付き、上位に入っていないとディプロムがもらえないので友達同士仲良く協力して頑張る、なんて雰囲気は5月を過ぎると微塵もない状態に。
教育の機会は誰にでも開かれており、年間数万円でしっかりした音楽教育がフルで受けられるフランスですが、この順位制の厳しさを勝ち抜かないとプロの音楽家になれずプレッシャーやストレスが多いのも特徴です。

そんな6月のフランスですが、パリの中世音楽センターは一足先にだいたい5月で今季の授業が終わりになるクラスが殆どです。ちょっと寂しいけれど、また来年まで長い夏休み期間に入ります。

パリ中世音楽センター(通称CmmP)
パリ中世音楽センター公式サイト

今日はこのパリ中世音楽センターについて息抜きがてら書いてみようと思います。

ヨーロッパ内でも15世紀以前の中世音楽を研究できる場所は多くはありません。有名どころではスイス、バーゼルのスコラカントルムがありますが、フランス国内で学びたければ、まず第一におススメされるのが「パリ中世音楽センター」です。
リオンおよびパリの国立高等音楽院(CNSMD)の古楽科にももちろん中世音楽を学ぶ授業はありますが、古楽科という名前でひとくくりにされている大型校だけあって、バロックを学ぶ学生も多く、中世だけを中心に勉強しているわけではありません。さらに中世音楽の演奏には音楽学の知識が必須で、より詳しい知識を求めるとソルボンヌにある中世音楽の研究科へ行った方が良いかも、とか、グレゴリオ聖歌を学ぶならノートルダムのメトリスに入る方が良いとか、とにかく一か所にまとまっていてコレ!という場所がなかなかないのがフランスの現状だったりします。

そんな中、手っ取り早く中世に特化して勉強できる場所が「パリ中世音楽センター」なわけです。

私も組織概要まで詳しくは知りませんが、クリュニーの中世博物館と共同事業があったりする半官半民的な施設ですが、設立されてからの歴史は意外と長いそう。30年前のフランスではまだソルボンヌ内の中世音楽科もなければリオンの古楽科もなかったので、フランス国内ではこの中世音楽センターが唯一の勉強の場だったらしいです。
現在この分野で活躍してるたくさんの音楽家がこの中世音楽センターの出身なのもそのため。
中世音楽の世界では有名なDiscantusやAlla Francescaといったアンサンブルを率いるブリジット・レヌ、リオンに古楽科を創設した中世ソルミゼーションの専門家ジェラール・ジェイ、パリとリオン両方のCNSMDで中世対位法と即興演奏を教えるラファエル・ピカゾスといった大御所が教授陣に名を連ねており、これから専門的にこの時代の作品を学びたい人には素晴らしい出会いの場。

授業があるとはいえ、学校という形に組織しているわけではないので、試験はなく、各講座は市民に開かれています。受講したい講座ごとに料金を支払う形態ですが、学期はじめの登録に間に合わなくても、途中からの参加も受け入れてもらえたり、もし問題があって講座を続けて受講できなくなった場合は返金してもらえたりと、超良心的な事務をしてくれます。

私も全講座を見たことがあるわけではないのですが、だいたいはプロの音楽家向けの専門クラスと、この分野に関心のある一般の人向けのアマチュアコースの2つに分けられています。その年によって集まる学生が違うのでクラスのレベルもそれに応じて変化するのですが、だいたい1クラス20人以下、先生方はどの講座もその分野の超一流の教授陣なので、さらに進んだ研究がしたい生徒には絶好の出会いのチャンスです。

今年は例えば写本を扱うジェラール・ジェイのクラスなどはソルボンヌの学生や既にコンセルヴァトワールの教授として働いている人が生徒として集まり、内容もかなり専門的でした。ジョリヴェ先生のグレゴリオ聖歌のクラスとピカゾス先生の即興クラスは人数の関係で専門コースとアマチュアコースを合同で授業する形になったため、先生も生徒もややストレスフルだったのですが、もちろん専門的にやってる生徒には高いレベルの課題が出るので面白い授業でした。

中世音楽センターは、声楽を中心とした授業が多く、写本読解系の理論メインのクラスと、実際の歌唱を中心にしたクラス、さらには声楽技術のブラッシュアップのためのクラス(私の恩師のジャスマン先生が担当していて、めちゃくちゃハイレベルです)と、バランスよく用意されているので、古楽声楽をやる人にはとても良い場所でしょう。
もちろん楽器のクラスもあり、ゴシックハープやハーディガーディのクラスなどでは、当時の様式による即興演奏や伴奏づけのテクニックを実践的に教えてもらえるそうです。

中世の作品はポリフォニーが多いので、多声で実際に歌いながら様式を学ぶことがとても大事です。一人ではできないことなので、同じようにこの時代の作品を学びたい人が集まっている場所で一緒に勉強するのは手っ取り早いですよね。
気に入った先生をみつけたら、今度は中世センターを飛び出して、その先生が教えている別の学校に入学すればよいので、今後の研究の方向を定める前にざっとフランスにおける中世音楽の研究者を見渡す場所としても使えます。

ーーーーーーーーーーーーーーー
日本から留学したい場合は、このセンターではビザに使える書類は用意できないので、どこか別の語学学校や音楽学校と掛け持ちましょう。

短期留学やヴァカンス中に試しに講座を受けてみたい、という人は、年に何度かある1日あるいは2日ぐらいの単発の講習会を利用するのが良いでしょう。時期と内容はその年ごとで違いますが、それにあわせて旅行すれば単発で中世センターの授業の一部を体験してみることができます。

単発の講習会以外の通常の授業は隔週や月1などのペースで開催されることが多く、学期はじめに登録すれば、最初の授業の日にその後の授業の日時を他の生徒とも合わせながら交渉が可能です。途中参加でも、事務の人がとても優しいので相談してみると良いかもしれません。

授業は全てフランス語です。全教員、英語はできるはずですし、少人数のクラスだとかなり融通は利くかと思いますが、フランス語でコミュニケーションするのが基本です。
ーーーーーーーーーーーーーーー

私は声楽コーチのジャスマン先生の授業が、このセンターで受けると安いので毎年まずはそのために登録をしています。(笑)
彼は数多くのプロ歌手を育てた名講師で、世界各国飛び回って仕事をしているので個人的にレッスンをしてもらうのが至難の業なのですが、中世音楽センターでは30年以上前からずーーーっと継続して授業をやっているので(1か月に1回とか2か月に~とかのペースです)、彼に教えてもらいたければここが一番安定して安く授業を受けられる場所です。

ジェラール・ジェイもジャスマン同様物凄く各地に飛び回って仕事をしている人物なので、センターで彼の講座がある時は優先で受講。

私がいつも個人的にレッスンをお願いしているリオンCNSMのアンヌ先生(Anne Delafosse)もこのセンターでも教えているので15世紀の作品が歌いたい人には良いかもです(私はセンターでの先生の授業は受けたことがない)。

ラファエル・ピカゾス先生の講座は歌の実践が中心なので楽しいですし、何より先生のオルガヌム実践例が素晴らしいのでとても贅沢な講座です。先生はCNSMとノワジエルでも教えているので留学先がCNSMならそちらで無料で授業が受けれるでしょうし、ノワジエルならCNSMより簡単に入れるはずなので、直接そちらに行ける人はその方が安上がり。

サン・ガルのネウマで歌うグレゴリオ聖歌のジョリヴェ先生の授業は2週間に1回ペースの割と頻度の高い講習、楽譜からではなく耳とネウマから曲を学ぶのでとても有意義な講座です。

実はスケジュールが合わなくて一度も受講できていないブリジット・レヌの授業もとても人気があります。
カトリーヌ・シュローダーの授業も私はまだ受けていないけれど来年受講できたらぜひ、と思っているところ。
早く来年度の講座案内が出ないかなーとワクワクしています。

アルス・シュブティリオル読解

untitled.png

私は昔からなぜか複雑な楽譜が大好きです。コンテンポラリーでも中世でも、それは変わらないのですが、今回、たまたまアルス・シュブティリオルの作品を歌うことになったので、トランスクリプションを作りました。

アルス・シュブティリオルといえば、ハート形の楽譜に書かれたコルディエのロンドなどが有名ですが、今回はトリノ写本の中から特にポリリズムの特殊記号が多い一曲を選んでいます。
上に乗せた写真の通り、とても美しい写本ですが、譜読みも演奏も入り組んだリズムと特殊記号でかなり難しいものになっています。
アルス・シュブティリオルの作品は演奏の難しさ、譜読みの困難さから録音も少なく、演奏会でもめったに演奏されません。私は積極的にこういった複雑なレパートリーを演奏していきたいと思っており、今回はリコーダーとのアンサンブルで演奏録音をする予定です。

こちらが私が書いたアカデミック・トランスクリプションとモダン楽譜のPDFなので、ご興味がある方はどうぞ。
もし演奏会や授業等でこのトランスクリプションを使われる方がいらっしゃいましたら「辻絢子」のクレジットを必ず入れてください。

トランスクリプションPDF

楽譜づくりを終えてやっと演奏の方に着手できるようになったばかりなので、まだきちんとした歌い方になっていないのと、発音で何か所か考察中の部分があるので参考にはならないかもですが、一応ポリフォニーがどうなってるのか確認するために録音をしたものがあるので、のせておきます。ちなみに冒頭のAmeは本当は動詞Aimerの古語なので、カタカナで言うと「アメ」のように、狭いEで発音すべき。

Puisque ame sui doulcement - Codex de Turin from Ayako TSujI on Myspace.



クラヴィシテリウムで2声を弾いているのですが同じ音域同じ楽器なので音が混ざって各声部を聞き分けるのがちょっと難しいですね。一人多重録音の関係でメトロノームに合わせてテンポを取ってるので演奏の質もあまり良くはないですが、一応リズムはそれほど間違えなくやれているはず。

ちなみにこの作品は先日CNSMの手稿譜読解のクラスにちょっとお邪魔した時にやっていた作品。トランスクリプションは私自身で作りましたが、CNSMの教授であるラファエル・ピカゾス先生が作成したトランスクリプションももらって手元にあったので、確認に使用しています。
3声の曲ですが、予定ではフルート3本と私のソロというカルテットで演奏します。
フルートとの方が流れのある良い演奏ができるかなぁと思っていますが、入り組んだポリリズムを聴きあいながら、なおかつ美しいピタゴラス音律で解決を作っていかなければならないので音楽的に結構なハードワークです。

声のスペクトル分析

古楽にしろそれ以外にしろ、歌をやっている限り自らの発声を磨くのは商売道具のメンテナンスみたいなもので必須かつ店じまいまで続けねばならない基本の仕事の一つ。
声楽は他の器楽と比べて発音源が身体の中ですから、どんなプロでも第三者の耳で楽器の鳴り具合などチェックしてもらう必要がある事も多々あります。もちろん私たち歌手は自分の声を客観的に聴くための訓練もしますが、「え!私の声ってこんな風に聴こえてるの?!」という皆さんも経験があるに違いないあのギャップはそう簡単に超えられるものではなく、プロでも常にそれを抱えています。
ナタリー・デゥセ(デセイ)やフィリップ・ジャルスキなどの有名な歌手達は既に素晴らしい発声技術を持っていますが、そんな彼らだっていつも優秀なヴォーカルコーチに発声レッスンを受け続けています。

どんな発声が理想の声か、というのは個人個人見解が分かれるでしょうし、実際日本とフランスでは求められる声質が違うことが多い気がします。フランス人の理想は上から下まで豊かな倍音をもった声で、よく磨かれた歌声はまさに楽器の楽音のような美しい倍音構造をもっています。
古楽を歌う場合は、アンサンブルの相手が古楽器であることが多く、これらのデリケートな楽器の音と美しく混ざり合う声が求められるので、音量はそれほど必要ないながら、楽器の音によく混じるような豊かな倍音をもった声質を探す必要があります。

私自身はジャスマン先生という最高の熟練ヴォーカルコーチについていますし、普段の練習ではピアノ伴奏の他はクラヴィシテリウムを伴奏に使ったり、リコーダーカルテットやヴィオラダガンバとのアンサンブルを組むことが多いので、そうした楽器類との音の調和を身体で覚えていきます。

でも、実際自分の声の倍音構造が目で見れたら便利。
体感で「今の声は上の倍音がひらききってなかったかな?」とか「この歌い方でいいのかな?」と疑問に思っても、忙しいジャスマン先生が毎回そばにいるわけではないし、かといってプロとして歌っている身ですから勘だけで進むことも出きません。単なる趣味なら次のレッスンまで待って先生に聞けるけど、私はそれでは遅い!ということが良くあります。もし声を目で見てチェックできたら、とりあえず自分で判断してより良い発声を選べますよね。

Oxford Wave Research Ltd.「SpectrumView」
https://appsto.re/jp/koelC.i

といわけで、iPhoneに、音を拾ってスペクトル分析をリアルタイムで表示してくれるアプリがありました。

もちろんiPhoneのマイクを使っての分析ですから限りもありますが、それでもかなり興味深い分析結果が見れ、私の予測通りに「間違った発声」で歌った声はその通り反映され、また「良い発声」も微細なコントロールで数種類の異なる発声法があることをきちんと反映してくれました。
このアプリは使えます。

私は常々音楽の勉強に、感情論や根性重視な体育会系の姿勢は無意味だと思っていましたので、使える技術はなんでも使って短時間で効率良く勉強するが勝ちです。iPhoneアプリが使えるならバンバン使うべき!


ひとまず幾つか写真をはります。
こちらは私の普段の発声、真ん中のドよる下のレを出発に最高音ドの一個上のレまで3オクターブを歌った図です。



一番下の線が私が歌ってる音高ですが、そこから上に幾重にも倍音の共鳴が出てるのが見えます。簡単に言うとこの倍音の配合が音色を決めている重要な要素で、人の声の場合、声帯で生まれた空気振動が咽喉、鼻やら顔やらといったあちこちの部分を通って共鳴を作り音色になって外にでているそう。楽器なら楽器特有の倍音構造があり、声の場合は個々人で身体が違いますからこれが一人一人で微妙に違ってきます。

私の場合、何も考えずデフォルト設定で歌うと(笑)先の写真のような形で、最低音を歌っている間は倍音が減りますが、中音域以降は4000hz手前あたりに"良く共鳴する"箇所があり、その上の7000hzあたりにも鳴っている箇所があるようですね。アプリで測れる音域は写真に写っている部分までなので、おそらくその上も調べることができたら更に上にもこうした倍音の帯があるでしょう。

他の歌手の方とリアルに比べていないのではっきりとは言えませんが、私の声は倍音がかなり豊かな方だと思います。実はこの倍音のおかげで、共鳴を操ってホーミーを出すことも出来たりします。


さて、基本の発声で豊かな倍音がでているのはわかりましたが、問題はこれをどう操るかです。
倍音を変えるのに、顔の筋肉や声のあてどころ、発音の位置などはとても重要な要素ですが(とくに発音の位置)、実はそれ以上に大きく響きを変えるのが腹筋など身体のどこで声を支えているのかでした。



この写真では左から順に4つの微妙に異なる筋肉で声を支えたときの発声の違いが示されています。すべて私が同じ音高でAの母音を歌っているところで音量もそれほど大きくは差がないよう歌ったものです。

一番左端はスピントというプッチーニなどのアリアを歌うときに私が使う最も強い身体の支えで声を支えています。これは強い肋骨周辺の筋肉で上半身を整え、下腹は所謂逆腹筋に近い腰から背中まで全体を広げるように張って発声を支える歌い方です。
私がもともと持っている共鳴の帯がよく強調されているのが見えますね。

左から二番目は私のデフォルト発声、下腹部の筋肉を使っているリラックスした発声です。スピントほど倍音の強調ははっきりでないものの、スピント発声で抑制されてた一部の倍音がきれいにでている他、高音の倍音も豊かに響いていそうな形です。肉体的にも体力消費はスピントよりずっと少なく、デフォルト設定としては悪くない発声でしょう。

三番目は腹筋上部の支えをメインに歌った図。倍音の帯がかなり均一に並んでいるのがわかるはずです。腹筋上部の支えは身体の緊張を招きやすい上、深いブレスとコネクトしずらいため長いフレーズを歌うには不向きですが、例えばチェンバロのように同じく倍音が均一に高い音まで並ぶ楽器とアンサンブルをする際にはこの発声だと声の混じりが格段に良くなるはずです。また、高い部分まできれいに倍音が出てるのでノンビブラートで歌えばまさに楽器の音のような声を作れるはず。コロラトゥーラのパッセージなどにはこの支えが最適かもしれません。

最後右端は、肋骨周辺の筋肉で支えた声です。これは身体の下側の意識をわざと切った状態になる上、肋骨周辺の筋肉は腹部と比べるとわずかなものですので(とはいえプロはこの筋肉をかなり鍛えてますからある程度支えられます)、歌える音量にもフレーズの長さにも限りがあります。声の質としては3番目に近く均一に倍音が並んでいますが、心持ちこちらの方が高い倍音が強調されているよう。4000hz手前の倍音の帯はやや薄められています。レッジェーロな表現や硬質で金属的な声の表現が欲しいときに使うと面白いでしょうが、ブレス面で難があるので使い道は限定されそうです。


これはあくまで私の声の場合の例ですから、他の方が仮に同じような筋肉の使い方をして同じような結果が出るとは限らないと思います。しかし声楽コーチとして生徒に教えてきた経験からも、歌声の決め手は顔など身体上部の技術以上に下腹部など声を支える胴体部分の筋肉の使い方の方だというのは、事実だと思います。

iPhoneのアプリで、これまでなんとなく体感で習得していた事が、とりあえず視覚的にも確認できるなんて、面白いですよね。
便利な時代に生まれたからには、いろんなツールを活用してますます芸に磨きをかけたいところです(^^)


オマケ


このアプリ、iTunesの音源も分析出来るのですが、いつも授業で一緒に歌うとやたらと声が混じり合ってしまう奇妙な体験をしていたラファエル・ピカゾス先生のソロ歌唱を分析にかけてみました。
先生とは中世即興その他でいつも一緒に歌っていますが、初日から歌った瞬間二人の声が妙にぴったり響き合うのでお互い嬉しいような気不味いような感じでした(笑)。
今回もしかしてと思い分析したところ!上の写真を持ていただくとわかる通り、彼の歌声も私と同じ4000hz手前と7000hzあたりに2箇所のはっきりとした帯があります。
もちろん録音からの分析なので実際の歌声と異なる部分もあるはずですが、それにしてもいつも教室で歌っていて「妙に合うな」と思っていたのは、勘違いでもなさそう。
さらにラファエル先生はもともとジャスマン門下ということで発声のコーチが私と同じなので、もしかしたらそれが原因かも?
他のジャスマン門下も調べてみたくなりました。

Profil

辻絢子  (Ayako TSUJI)

Author:辻絢子 (Ayako TSUJI)
フランス在住のソプラノ・ピアニスト・クラヴィシテリウム奏者・音楽学者。パリ・ソルボンヌ大学中世音楽演奏マスター在籍。パリEnsemble Arquémie主催。
中世から現代に至る幅広い時代様式の演奏法と音楽理論を操る歌手、講師として国際的に活躍中。
15世紀以前の作品、とくにアルス・シュブティリオル様式の作品演奏と、13世紀ノートルダム楽派様式の即興演奏を得意とする。
古楽だけではなく現代作品にも関心が高く、日本で大学生&院生だったころは美学芸術学を専攻し音楽に限らずアートや映画、文学など幅広い分野を対象に20世紀以降の作品を研究。
パリでの演奏活動の他、2016年より「中世音楽センター」を立ち上げ、ヨーロッパの現役中世音楽専門家、演奏家と日本の生徒をつなぐ講習会やコンサートを企画している。

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

検索

Code QR

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。